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【特集】「モバイルウォレット」で出来ること~マスターカード・ワールドワイド編~(2014年5・6月号)
ECとリアル店舗をカバーするウォレット
「MasterPass」のコンセプトと現状
マスターカードが昨年発表した、ECとリアル店舗の双方に対応する決済サービス「MasterPass」は、「次世代型デジタル決済サービス」というコピーが添えられるように、ユーザー端末から決済インフラ、サービスまで包含した広い概念である。本項では重要なコンポーネントである「ウォレット(電子サイフ)」の部分を中心に、「MasterPass」の基本機能と最近の動きを紹介する。


マーケットデベロップメント
上席副社長 広瀬 薫氏
「MasterPass」は、クレジットカード決済に必要な情報をクラウド上のサーバに登録し、ECとリアル店舗における決済を、効率化、かつ多機能化するサービス。
インターネットショッピングでは、初めて利用するサイトでも「MasterPass」に対応しているサイトであれば、「Buy with MasterPass」というボタンをクリックし、利用するカードと送付先を選択するだけでスムーズな決済を実現、また、クーポンやポイント等の付加価値サービスも提供する。
2013年2月の発表後、米国、カナダ、イギリス、オーストラリアのEC加盟店でサービスをスタートし、2014年3月にイタリア、4月にニュージーランド、6月にはシンガポールが加わった。
リアル店舗に関しては、非接触IC決済の「MasterCard PayPass」や、QRコード等を利用した決済、さらに、インターネットショッピングと同様にクーポン/ ポイントなどのサービスも提供していく。リアル決済の推進はこれからで、2014年5月末の時点ではクラウド側に登録したデータの活用方法や、サービス開発についての具体的な発表はない。
マスターカード・ワールドワイドジャパンオフィス マーケット デベロップメント 上席副社長の広瀬 薫氏に、ECサイトの進捗状況から聞いた。
「国際ブランドが推進する『ウォレットサービス』として、各国のカード会社や加盟店に関心を持ってもらい、対応サイトは急速に増えています。正式導入済として発表しているのは7カ国ですが、対応店舗が少ない国はカウントしていないため、実際はもう少し多い状態です。本年より日本での販売も開始されました」。
対応加盟店の数は、ニュージーランドが加わった時点の発表によると約4万店舗。
なお、エンドユーザーが開設する「MasterPass」のウォレットには複数のカード情報を登録でき、ブランド、イシュアは限定しない。又、加盟店や決済事業者が「MasterPass」の仕組みを使って、自社ブランドのウォレットサービスを提供することも可能だ(ホワイトラベル・API 対応)。
「MasterPass」のモバイル対応も強化され、2014年2月にはEC加盟店や開発者向けに、「MasterPassアプリ決済」の提供が発表された。PC(ブラウザ)ベースのサービスをモバイル端末に拡張するもので、ユーザーはスマートフォン(スマホ)などの端末を使って、決済に必要なカード情報をクラウドから呼び出せるようになる。
従来、ECサイトや決済事業者が発行するモバイルアプリを使う場合、カード番号などの個人情報をアプリ毎に登録していたが、「MasterPassアプリ決済」に対応したサイトのアプリを使うと、個別にデータを入力する操作を省略できる。サービス開始は2014年の第二四半期とされており、当初は「Forbes Digital Commerce、Fat Zebraなどが対応アプリを提供する(国内での開始時期は未定)。
「モバイルウォレット」に対する考え方と、今後の展開について広瀬氏はこう話す。
「まずウォレットの定義に触れておくと、スマホや携帯電話に限らず、インターネット接続の機能があれば何でもウォレットになり得ると考えています。ただ、現実的にはリアル店舗も考慮すると、ノートPCを持ち込むことは無理があるので、やはりスマホが中心になるでしょう。実店舗での決済時のインターフェースとしてはNFCやQRコードに対応し、かつモバイルアプリでは『MasterPass アプリ決済』が使える。今後はこの形のウォレットを推進していくことになります」
今後の計画としては、よりフレンドリーなインターフェースの実現、NFCやQRコードだけでなく新しい技術の取込み、ウォレットの価値を上げる新しいサービスの開発、さまざまな環境(OS、ハードウェア)への対応などが挙げられた。
将来はリアル店舗でもデータを利用できるようになる。
マスターカードは2014年2月、米国のモバイルウォレットのトップベンダーであるC-SAM社の買収を発表した。C-SAMには以前から出資を行っていた同社だが、この機に完全子会社化し、ウォレット関連事業の強化を図った格好だ。
広瀬氏はC-SAMへの期待について、「われわれにとってはウォレットの研究開発を本格化させる上で実績豊富なC-SAMとの協業を通じて、より日本市場に受け入れられやすいインターフェースやサービスを提案していく事が可能となります。C-SAMは日本法人を有しており、その意味でも市場重視の施策を取っていける点も大きいと思います。」と話す。
「MasterPass」の展開は、今はどの地域もECオンリーだが、「おサイフケータイ」を体験している日本市場では、「ウォレット=リアル決済」のイメージが強い。これから「MasterPass」が描くリアル決済を開拓していく上では、非接触ICの利用技術をはじめ、ウォレット運用の豊富な蓄積を持ち、日本の決済環境と市場の特殊性も理解しているC-SAMのスタッフが加わる意義は大きいという。
「MasterPass」のリアル決済に関係する分野では、2014年2月にもう一つの動きがあった。NFCの新しい仕様である「HCE(Host-based Card Emulation」への対応である。
「HCE」は、NFC対応スマートフォンで決済などのセキュリティ性を求められるサービスを運用する際、アプリを実装するためのセキュアなチップである「SE(Secure Element)」を使用せず、端末側の「Host CPU」とクラウド上のデータを利用してカードの動作を実行するモード。従来、クレジットカードアプリなどはSIM 上のSE に実装することを前提として開発が進められてきたが、HCEはシステム構築と運用の負担を大幅に軽減できるため、サービス開発の転換点になるとも言われる。
マスターカード ジャパンオフィスマーケット デベロップメントの中原美奈子氏は、「すべてをHCEベースに移行するのではなく、従来のSEベースと両方をサポートするというのが国際ブランドとしての立場。基本的にはより安全なSEを推奨する立場で、クラウド上のデータを活用するHCEを進めるには、まず安全性の確保が前提になります」とマスターカードの対応を説明する。
HCEについては、ユーザーの使い勝手にも課題があるという。
「HCEモードでは、アプリを立ち上げてPIN(暗証番号)入力し、クラウドからデータを呼び出す操作が加わります。電源を落としていても決済できる『おサイフケータイ』とはユーザーの動作が異なりますので、日本での導入については、関係者との詳細にわたる議論や調整が必要になると認識しています」(中原氏)
HCEには、クラウドのデータを活用する「MasterPass」と共通する部分はあるが、NFCのカードアプリが一気にHCE ベースに移行するということではなく、地域の事情、決済インフラの状況等を考慮の上、検討を進めることになるという。
「『MasterPass』では、カード情報を『いつでも』『どこでも』『どんなスマートデバイスからでも』呼び出して、安全な決済ができる環境作りを目指すというのがマスターカードの目指す姿」(広瀬氏)
EC では競合するサービスもあり、リアル店舗でもインフラ整備、仕様の標準化など課題も多い。一方、モバイル対応の強化、NFCへの取組みといった要素を見ると、「次世代デジタル決済サービス」実現に向けたステップは、着実に踏んでいるようだ。
(CardWave 2014年5・6月号掲載)